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2009年2月 2日 (月)

トルコ観光7日目その2 ファッションショー

2008_10090577写真はイスタンブール滞在最終日に連れて行かれた革製品の店で撮った2枚である。到着するとすぐ、2階の革製品ファッション・ショーへ案内された。

そこには舞台の回りに椅子がぐるりと並べられていたが、僕達が席に着くとミュージック・スタートである。若くてかっこよいモデル達が番号札のついたコート、ジャンパー、ジャケットなどを次々と取り替えながら、軽やかなステップでステージに登場した。

2008_10090576途中で、僕達のツアーからも男女2人がツアーの思い出になるからとモデルとして引っ張り出された。モデルの1人、縦位置の写真の男性は、旅行中に80歳の誕生日を祝ったMさんである!彼は社交ダンス歴20年であるためか、舞台度胸は満点でショーをおおいに盛り上げてくれた!本物のモデルを食ってしまった彼のモデルぶりに、ツアー仲間みんな拍手喝采であった。

ところで、ウン万円~ウン十万円の革製品を買ったのは1組のご夫婦と添乗員さんであった。彼らの値段交渉ぶりを眺めていたが、僕にはとうてい真似できない芸当であった!

話は変わるが、2007年2月3日から2年間ほぼ毎日更新してきたこのブログであるが、いろいろ思うところがあって今日で終了することにした。今後は趣味人倶楽部などのコミュニティ型のサイトで、趣味の写真を通して多くの方々と交流したいと思っている。

ご愛読有り難うございました!

2009年2月 1日 (日)

トルコ観光7日目・その1                 二輪馬車競技場とボスポラス海峡クルーズ

Photo_6Photoトルコ旅行記として書き綴ってきた「トルコ世界遺産周遊紀行9日間」のイスタンブールでの最終日の目玉は「ボスポラス海峡クルーズ」であった。その日は遅くホテルを出て、ブルー・モスク近くにある東ローマ帝国時代の二輪馬車競技場(最初の写真)観光に出かけた。しかし、3本のオベリスクが立っている以外は他には特に見るものはなかった。Photo_2

その後、レストランで昼食を食べ、近くの桟橋から貸し切りの遊覧船でクルーズに出発した。ラッキーだったと添乗員が言うには、トルコ人ガイドのコネで大型船に乗ることができて、船酔いなど無縁の遊覧を楽しめたことである!?

ところで、ボスポラス海峡はヨーロッパとアジアを分ける南北に約30kmの海峡で、一番狭いところは800m程しかなく、南はマルマラ海、そして北は黒海へと続いている。Photo_3
桟橋を出発してボスポラス大橋の下をくぐり、ベイレルベイ宮殿を見ながらさらに進むと、征服王メフメット大橋、ルーメリ要塞、その対岸にアナドル要塞が見えた。そして、大橋の下をくぐり抜けて両岸に高級住宅地やリゾートエリアが見えてきた辺りで、Uターンとなった。

Photo_4約2時間の遊覧であった。残念ながら、クルーズに出発する頃からあいにくの雨となったが、東西文明の接点であるイスタンブールの魅力を海上からじゅうぶん楽しむことができ、思い出に残る素晴らしいクルーズであった。

   

2009年1月31日 (土)

庭のロウバイ

Photo_3写真は数年前に植木市で買ったロウバイである。丈夫な花木なのだろうか、日当たりもあまりよくない冬枯れの我が家の庭に、今年も蝋細工のようなうす黄色の花を咲かせている。

しかし、今年は庭に飛来する鳥たちによって、蕾のうちに大半食べられてしまって花の数はわずかである。僕はこの何となく気品のある凛とした花が好きである。見回すと、梅の蕾も膨らんでいる。春はすぐそこまでやって来ているようだ。

「ロウバイ」の花言葉は「先導」「先見」。

2009年1月30日 (金)

オージーの友人からのエア・メール

Img183 写真は10年来のオーストラリア人の友人夫妻から届いた手 紙のスキャン映像である。5月下旬に初めて日本を訪問するので会いたいとあった。彼らは東京、大阪、そして、九州と2週間ほどJRパスを使って旅行するつもりのようだ。

実は現役時代にオーストラリアのシドニー郊外のマッコーリ大学へ短期留学した。その時のホームステイ先が友人夫妻宅であった。彼らにはその後、オーストラリアを訪れる度に電話したり、会ったり、泊めてもらったりしてお世話になった。今度はこちらがお世話する番である。阿蘇、天草、鹿児島、そして、長崎などへ案内してあげようかと思っている。楽しみである。

2009年1月29日 (木)

映画鑑賞の会(1月例会)

Top_main_plus_dvd 昨年11月に入会した映画鑑賞会の1月例会に行った。映画は構想26年、撮影期間4年のインド、イギリス、アメリカの合作映画「落下の王国・The Fall」であった。

「万華鏡を覗くような映像美と魂に響く物語の力、誰も見たことがない極彩色のグランド・オペラ」という宣伝文句に惹かれて見に行ったのだが、24の世界遺産の壮大なロケーションによる素晴らしい映像を楽しんだ。また、準主役?の幼い少女の大人顔負けの演技には引き込まれてしまった。

ところで、写真はインターネットからの借用であるが、背景の踊りは昨年11月23日のブログに書いたトルコの「メブラーナ教のダンス」である。旅行ではメブラーナ教の博物館でダンスの写真だけを見ていたが、今回映像を見ることができて、旋舞のイメージが掴めた。

2009年1月28日 (水)

トルコ観光6日目・その10                イスタンブールでのハプニング!!

Img186_3 イスタンブールでの1日目の観光は楽しかったのだが、その夜には思っても見なかった持病の発作でツアー仲間には迷惑をかけてしまった。今日の写真はその時の証拠写真である!写真は左から、病院の治療費、トルコ人ガイドの通訳料、そして、タクシー代のコピーである。

2008_10090516実はそれまでのツアーの疲れと前夜の睡眠不足のまま、何キロも歩く市内観光へ出かけ、夕方ホテルに戻った時には疲労困憊の状況であった。ホテルで30分ほど休んだ後、8時からのベリーダンスショー付の夕食に出かけた。

ショーの始まる前に、ほんの数口であったがビールを飲んだら、気分が悪くなり、心臓に違和感を感じた。席を立って携帯していた薬を服用したが、改善しないのでそのことを添乗員に告げたら、たまたま同じツアーで一緒だった外科医、トルコ人のガイドに勧められて、イスタンブールの病院で診察を受け、心電図を取り、点滴を受けることになってしまった。医者の診断は不整脈であった。どうなることかと心配したが、点滴を受け始めてしばらくしたら脈は元に戻った。2008_10090515

帰る時に、ブログにこのことを載せようと思って、自分が点滴を受けたベッドと病院の待合室の写真を撮った。病院の看護師も会計も英語を話さなかったが、診察してくれた医師とは英語で話ができた。驚いたことに、イラン人であった。もう大丈夫だと僕に言った後に、市内の薬局で購入するようにと、薬の処方箋を渡してながら、体調の悪い時は酒は飲まないようにと忠告してくれた。別れ際には、気をつけて旅を楽しむようにと言って握手までしてくれた。感じのよい、親しみやすい医者であった。 

2009年1月27日 (火)

料理教室(1月)

Ryouri昨日は今年最初の料理教室であった。料理教室に通い出してもう四年になる。その割には料理の腕は上達していない。僕にとっては料理を習うというより気の合うサークルメンバーと月に1回の集まりを楽しむ場といってもよいかもしれない。料理を作り終わって試食をした後、先生を囲んで食べ物に関する話や世間話などのおしゃべりが楽しい。

ところで、今日作ったのは左上から「トマトとジャコの炒めもの」「がんもどき」「キャベツと塩鮭のスープ」そして、「白菜の塩昆布づけ」であった。美味しかった「がんもどき」のレシピを載せておきたい。

Dscf1006材料(4人前)(A)(木綿豆腐2丁、エビ8尾、キクラゲ少々、ニンジン40g、ぎんなん水煮8ヶ、黒いりゴマ大1、ゴボウ60g、卵白1ヶ分、かたくり粉大2、酒大1、うすくち醤油小1、塩小1) サラダ油、揚げ油、青物適宜(ピーマンなど)

作り方(1)豆腐はたっぷりの油に手でちぎりながら加え、沸騰したら、布巾を敷いたザルにあげ、水気をしぼる。(2)エビは背わたを取り、皮を剥いて、刻んでつぶす。Dscf1007(3)ニンジンは2cm長さのせん切り、ゴボウは細いささがきにする。キクラゲはもどしてせん切りにする。 (4)すり鉢でとうふをすり、具材と調味料を加え、よく混ぜて、粘りが出てから、かたくり粉を加え、さらに混ぜる。 (5)手にサラダ油を少し塗り、8等分に分けて、平たい丸形にまとめる。(6)油を160℃~170℃くらいに熱し、(5)を入れ、ゆっくりと揚げる。(7)青味を添える。

2009年1月26日 (月)

トルコ観光6日目・その9 トプカプ宮殿

Photo_12 写真は15世紀半ばに建造され、19世半ばまでオスマントルコ帝国の歴代のスルタンの居城であったトプカプ宮殿である。金角湾、マルマラ海、そしてボスポラス海峡が一望できる丘に建っている。

70万平方キロの広大な敷地の中心部にある宮殿の中核部分には、スルタンの居城、ハーレム、政治行政の建物などがあり、現在宮殿は博物館としてスルタンの遺品や、陶器コレクション、宝物などが展示公開している。

Photo_13 ハーレムには時間制限で入れなかったが、展示室、特に「宝物館」には、ため息の出るような膨大な数の財宝が展示されていた。しかし残念ながら、撮影禁止だったために写真はない。

最後の写真は敷地内からイスタンブールのアジア側(写真左)とヨーロッパ側(写真右)を隔てるボスポラス海峡にかかる第一ボスポラス海峡大橋を撮ったものである。トプカプ宮殿はヨーロッパ側にあるが、トルコ人ガイド氏によると、アジア側からヨーロッパ側への日々の通勤者は約300万人であるとのことだった。大橋の奥は黒海である。

Photo_14

2009年1月25日 (日)

トルコ観光6日目・その8 ガラタ橋の釣り人

Photo_2 3日続けてガラタ橋のブログとなってしまった。実はガラタ橋は、橋下の海鮮レストラン街、さばサンドで知られているが、もうひとつ地元の人々の釣りのスポットという顔を持っている。

レストランへの行き帰りには橋の両側の歩道部分の半分近くを占拠している大勢の釣り人にびっくりした。いまやガラタ橋からの釣り風景はイスタンブールの風物詩の1つともなっているらしい。2枚目の写真は橋下のレストラン街から撮ったものであるが、橋の欄干から突き出た何本もの釣り竿が見える。サビキ釣りである。

Photo釣り人達にカメラを向けたら、1人の若者が釣ったばかりの小アジを見せてくれた。天ぷらにして食べるのだそうだが、バケツの中の釣果も小魚ばかりであった。よく見ると、歩道には釣り道具を貸して商売をしている人もいた。しばらく眺めていたが、けっこう釣れていた。ところで、一番下の写真左端に見える塔は6世紀に灯台として建てられ、今は新市街のシンボルとなっている歴史ある12階建てのガラタ塔である。残念ながら、僕達のツアー日程には入っていなかった。Photo_10

2009年1月24日 (土)

トルコ観光6日目・その7 さばサンド

Ea843_2写真は、昨日のブログ「ガラタ橋下のレストラン」の記事に載せた「さばサンド」である。上はインターネットから、下はガイドブックからの借用)

写真を見れば分かると思うが、Img184saba_2皮を剥いだ鯖を鉄板の上で炒めたり、油で揚げたりした2切れをフランスパンに、レタス、玉ねぎスライス、トマトスライスなどと一緒に挟んだサンドである。いかにも日本人に口に合いそうで、美味しそうだ!トルコ語では「バルック・サンド」という。

鯖料理なら毎日でもOKの僕は食べられなかったのが残念でしかたがない。ああ、食べたかったなあ!!

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